心臓弁膜症 2度の心臓手術体験記 〜私の覚え書き

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zoom RSS 私も 京都ぎらい?

<<   作成日時 : 2016/04/09 05:08   >>

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おもしろそうや! と 本屋さんで目にしてすぐ買った本
「京都ぎらい」 井上章一 著
(新書大賞 2016 第1位 )
著者は 京都市に生まれ育ち、京都府宇治市在住

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以下 本の表紙折の文 より 抜粋

 〜 あなたが旅情を覚える古都の たたずまいに
    じっと目を凝らせば・・・・・。  
    気づいていながら 誰もあえて書こうとしなかった数々の
    事実によって、京都人のおそろしい一面が 鮮やかに
    浮かんでくるにちがいない。 
    洛外に生まれ育った著者だから表現 しうる、
    京都の街によどむ 底知れぬ沼気(しょうき)
    洛中千年の「花」 「毒」を見定める 新・京都論である。〜

〜 さげすまれてきた「洛外人」が、
    「京都人」の えらそうな腹のうちを ”暴露 ” 〜

〜 自分は 京都市に生まれそだったと、 私は 屈託なく言いきる
    ことができない。言えば、 おさないころは洛中ですごしたと
    そうにおわす余地をのこしてしまう。 自分は洛中の人間だと
    誤解をされたがっているかのように ひびきかねなくなる。
    そういう 物ほしげな男として、私は自分のことを
    印象づけたくない。
    とりわけ、洛中の京都人たちに、そう思われるのは心外で
    ある。  私は 彼らから田舎者よばわりをされ、
    さげすまれてきた 嵯峨の子にほかならない。 
               (中略)
    ほかの街に、こういう心のもつれで なやむ人がいない、とは
    言うまい。  しかし、京都が周辺住民にもたらす葛藤は
    また格別である。
    この本は、京都ならではの、街によどむ瘴気(しょうき)を
    語ることから 話をはじめたい。 〜


       ●  ●  ●  ●  ●  ●  ●
  

京都市に住んでいながら、これまで もやもやと感 じてきた
私の内に はっきりとある 「京都 というブランド」への違和感 ・・・
それを 言葉で うまく表現できないが
この本を読んだら その もやもやとしたものが
ベールの向こうに見えたような気がした。

私などは もともと 京都生まれでも 京都育ちでもない。
井上氏より もっと田舎育ちの子 が
京都市のはしっこの地域で 35年暮らしてきただけの
一京都市民でしかない。

もしかしたら、この本は
京都に住む人が読んでこそ おもしろい!のではないか?
と ふと思った。

遠い地域の人が読まれても ピンとくるものがなかったり
感情としてわかるものがないのでは? とも思った。

井上氏の文章は とても読みやすく
歯切れのいい言葉や言い回しが なかなかおもしろかった!
これまで知 らなかった歴史の事実が学べたり
京都における大寺社の力、の大きさ とか
(そういえば 何年も前 、
 京都市 対 寺社の「古都税」騒動 とか あったなあ・・・)
舞妓さんとお坊さんの裏話とか、 
へぇ〜 そうやったの〜 と思ったり ・・・
 

「京都人」とは?
確かな定義があるのかどうか知らないが
洛中 と呼ばれる京都市の町中に
何代にもわたって住んでいる人を言うのではないかと 、
そして その「京都人」の誇り高さのよりどころは
天皇がおわす都であった長い歴史にあるのでは? と
部外者の私などは想像する。

井上氏は 洛中からはずれた 洛外の嵯峨育ちで 宇治市在住。
私と同じ年の生まれだから 同年齢。
今も 故郷 嵯峨への純粋な郷土愛がとても強く
幼少時代から あれこれあったことで
本書では 「洛中京都人」への強い敵対心を
はっきりした言葉で表現されている。
部外者の私だが その思いは どこか共感できる。


この春も世界中から 多くの外国人が京都観光に訪れている。
今日用事で行った四条烏丸は それほどでもないが
錦市場 → 三条鴨川沿い は 外国人が とても多かった。

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三条大橋近くから〜 鴨川の向こうに 先斗町歌舞練場  4月8日


先年、「和食」が 文化遺産に登録され、
今年は新しい文化施設が 市内に次々にオープンしている。
三重県で伊勢志摩サミットが開催される5月には
京都への外国人観光客が いっそう増えることは確実 だ。
更に 中央省庁の文化庁が 東京から京都に移転することが
決定 した。 それに伴い、市内では
「祝 ・ 文化庁の京都移転決定!」 との横断幕 が目に付く。

門川京都市長は これまで 「京都の文化的、歴史的価値」
という言葉を用いて 「観光都市 京都」に 特に注力されて来た。
議会をはじめ 公的な場所では 常に和服 羽織はかま姿で
伝統産業のキモノを 自ら体現 してアピールされてもいる。
 
今や 「世界に名だたる観光都市 京都」 となって
市長は ご満悦のようだけど 市民にとっては
市政には 観光強化ばっかりに目を向けていられるのも困る。
文化的、歴史的価値 は 京都 だけにあるのではない。


「京都ぎらい」 といえば・・・ 私にも こんな経験があった。
由緒ある最高格の寺院で 障害者手帳を提示 したら
露骨に嫌な顔をされ 規定なので入れたものの
パンフレットは拒否されて いただけなかった。
「こんな格の高い寺院 やのに
こんな いけず(京都弁で 意地悪 なこと)な応対なん? 」 と
残念に思った。
受付のその方は 寺格の高さを鼻にかけておられるように感じた。
格の高いお寺ほど そのありがたさが 自然とにじみ出る、もの
やと思うのやけど?
それ以来 そのお寺には行っていない。


私の「京都ぎらい」  実は今日 もうひとつ増えたばかり。
今日の帰り 三条京阪の路上で
本物の舞妓さん2人と 付き添いの和服のおねえさん、
そしてお客さんらしいおじさん1人 の一団が 歩いて来て
タクシーを拾うのか 私の 6〜7メートル先で立ち止まった。

珍しい場所で出会ったので そのままの離れた所から
カメラを向けさせてもらった。 すると 1人の舞妓さんが
私のそばまでやってきて 耳元で ぶっきらぼうに ひとこと
      「お客さんと一緒やねん」

・・・ それって、普通の女の子の言い方と一緒やんか ・・・ 
衣装をまとっている時なのやから
もう少し 京都の舞妓さんらしい
丁寧な言い方があったのでは?! と びっくりした。

でも その一言だけで すぐ 言わんとすることを理解 した私。
お客さんが一緒に写ることは タブー 、という決まり事やな。
 (そやけど 見かけた位置から一歩も近寄ってもいないし
    おじさんは撮ってないけど・・・)
もし遠来の観光客の人やったら もうちょっと丁寧に言わんと  
この一言だけでは ?? きっと その意味 わからんで!!
せめて
 「すんまへん。 今 お客さんとご一緒やさかい
  写真は かんにんしてもらえまへんやろか?」
     ・・・ くらいの やらかい言葉 が聞きたかったな〜

舞妓さんのイメージと あまりにかけはなれた その語調 と態度に
一瞬!で 完全に興ざめしてしまい
私の 「京都ぎらい」 が はっきりひとつ増えてしまった。

なんか 「自分たちは 特別な存在 」やて思ってはるのかな?
そんなふうに感 じさせる言い方と態度 こそが
井上氏 が 「洛中京都人に抱く嫌悪感」 そのものなのだと
私も 実感 としてわかった。
これからは 京都で 華やかな本物の芸舞妓さんを見かけても
単なるシンボル のようにしか見えなくて
今日と同じように 興ざめしてしまうやろな。



私の内にも しっかりとある 「京都」というブランドへの
はっきりとした違和感 あるいは 嫌悪感

皮肉のエッセンスも たっぷり含んだ 井上氏の文調に
すっかり影響を受けたのか、
私自身の 京都ぎらいの部分を象徴するような 2つのシーンを
ここで はっきりした言葉にしてしまった。

そやけど、 たまには ここで
こんなことを書く日があっても ええやろ?


    一言だけ つけ加えておけば ・・・
      そんな 「きらい」な部分が 確かにあっても ・・・
      やはり 京都 は美しい。 































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