心臓弁膜症 2度の心臓手術体験記 〜私の覚え書き

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zoom RSS 文豪も言葉を残した 上醍醐登山

<<   作成日時 : 2016/10/01 02:15   >>

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古くから 醍醐寺を好み、訪れて 言葉に表現した文人たちは
多かったようだ。  川端康成は 小説 「古都」 の中で
主人公に 五重塔のことを語らせているし、
作家 水上勉 や 高浜虚子、与謝野晶子、川田 順 などは
句や歌を詠んでいる。
そして 井上靖 や 吉井勇 は さらに上醍醐山頂まで
険しいお山登りをして その思 いを言葉に残 している。
ああ! あの有名な文人たちも 上醍醐に登った時は 
この私と まったく 同 じ感覚 に浸っていたのか! と
ちょっと興奮する文章を 今日 醍醐寺で買った本の中に見つけた。

以下
深く共感 した 文人の言葉の一部
「古寺巡礼 京都 6 醍醐寺 」 より 抜粋

 ● 井上 靖 (作家)
    上醍醐の地全体が、 霊気というか、山気というか、
     信仰の地にふさわしい特別なものを持っているのを覚える。
     山の心か、自然の心か知らないが
     ともかく 邪念の吹き払われてしまうのを感 じる。
     醍醐寺草創に関する縁起・伝説があるが そうしたものが
     実際に 上醍醐の山に立って考えてみると
     極めて自然に受け取ることができるから不思議である。


 ● 吉井勇 (歌人)

     ひとりする 行を楽 しと おもひつつ
                醍醐山路の 険しきを踏む

     あへぎあへぎ 険しき山路 ゆくことも
                わがうつしみの 行と思はむ

     あしびきの 山より湧ける 水うまし
                遊行者われも 咽頭うるほす


修験の道を歩いた者だけが実感できる 清々しい空気である。


画像


山岳信仰 の山中ならではの 深く濃い厳粛な気配 は
先日登った時、私の細胞と心の中にも すーっと沁み込んできた。
昔から 延々と続けられてきた 険しい上醍醐巡礼登山
今も 険しい道を登る善男善女が 日々絶えないのは きっと 
修験の山のその厳粛な気配の中に身を置くと
大きな力によって 身体も精神も 浄化されていくような
心地よさがあるからでは?

 
                   

昼前に 予約の整骨院に着いたところで
職場の友人から メールが来た。
「今 醍醐山山頂で〜す。 あべのハルカス見えてるよ〜」
先日 上醍醐登山の話をしたら
「私も ひとりで登ってみたい〜。 登り口までの行き方 教えて」 と
言っていたのを 思い立って 今日登った、とのこと。
大雨が続いた後だったので 今日行くとは思っていなかった。
「楽しんで 気をつけて下りてきて」 と返信して 整骨院の治療に。

治療を終えて外へ出てから 私もふと思い立って
そのまま 自転車で 醍醐寺へ向かった。 整骨院から30分ほど。
ゆっくり下山しても1時間弱 だから 下りてきた彼女に
ちょうど会えるかも、と計算 した。
境内の途中で 待っていると 他にも下山して来た人が何人かいた。
もう10月だというのに 境内では ツクツクボウシが鳴いていた。

私が醍醐寺まで来ているなんて知らずに下りてきた彼女と
境内の食事処で 「三宝そば」の昼食を食べながら いろいろ話す。
同い年の職場の同僚

「午前中 ええ天気やったし 山頂から あべのハルカス見えたわ。
下山中に 2頭連れの シカ が現れて ビックリ した!」
       (私も見たかったなあ〜)
清々しい登山ができたようで 薦めた私も 嬉しかった。
私に 「大っきい心臓手術 したのに あんた よう登れたなあ」 と 彼女 
「そうやろ? 心臓には自信持てたわ」 と
私は ちょっと誇らしげに答えた。

                
  五重塔を詠んだ 与謝野晶子の歌

   〜 われあはれ 古りし醍醐の塔にさへ
            丹朱の色の 残れるものを 〜





     
 









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