初公開の仏像と 諸行無常の光景 ~醍醐寺

800年前の輝きを放つ仏像が
本日 初公開初日となった醍醐寺へ行ってきました。
蓮のつぼみの形をした透明な水晶に収められた
金色に輝く 高さ 約 5.5cm の 「木造阿弥陀如来像」 
2002年に醍醐寺で見つかり
その後の調査研究期間を経て 本日 一般公開されました。

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全体像 としては
台座の上に真っ直ぐに 20cmほどの蓮の茎が伸び
その上に この水晶の蓮のつぼみ部分があります。

鎌倉時代初期の作 とされ 
仏師 快慶の手によるもの、という可能性もあるそうで
水晶で密閉されているため 仏像表面の金箔 など
約800年前に制作された当時のままの状態 と
みられるそうです。 
5cmの小さな小さな仏さまですが
金色に輝き、衣のひだが美しく
水晶内の空間に宇宙を感 じるようなお姿 でした。

800年もの遥かな時代を越えてきたこの仏像は
どのような経緯を経て 今 ここに存在するのだろう?
人知れぬ秘仏であったのか?
個人所有の念持仏であったのか?
想像 をかきたてるロマンに満ち満ちています。
止まることのない悠久の時の流れのなかで
今日の一瞬 にお会いできた、ということは
奇跡の巡り合わせにほかならない、と思わされます。


初公開の仏像の展示初日とは知らずに たまたま
各地から来られた観光の人たちからは
「うわぁ! ラッキー!」 と 声があがっていました。
紅葉の観光シーズンには まだまだ早いこの時期の醍醐寺は
混雑もなく ゆっくりと過ごせます。

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目の前の名木 「醍醐深雪桜」を眺めるために造られたと
思われる 霊宝館のこのレストルームは
シーズンオフの今の時期は 私のお気に入りの場所

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古木の枝垂れ桜 と対話できる空間を独り占めしていると
若い女性が1人 入ってきました。
しばらくして
広島から1人で訪れた、という その人が ポツリと
 「ここにいると なんだか眠くなります」 と・・・
古木の枝垂れ桜が発する 癒 しのオーラ だと思いますよ~
ほっこりするような そんな感覚になってもらえて嬉 しいです。

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9月4日の台風21号の直撃で
ソメイヨシノの名木 は こんな悲しい姿になってしまいました。
(樹齢100年 京都では一番古いソメイヨシノ といわれる大木)
右手に見えている「醍醐深雪桜」は無事でした。


                

台風21号による甚大な倒木被害の復旧作業が続き
1か月余り経った10月6日に ようやく拝観再開された伽藍エリア
仁王門を入ってすぐのあたりは
目を疑うような 衝撃的な光景が広がっています。

10月9日に見た 伽藍エリア
●仁王門を入ってすぐの 金堂へ続く もみじの参道
森が まるごと なくなってる! まるで 焼け野原のような光景
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「諸行無常」
この世の一切のものは 常に変化して移り変わり
同じ状態であることはなく 生滅 を繰り返す

台風の直撃で 見慣れていた森が すっぽり消滅 してしまった
光景を目にして 数日間は大きなショックを受けていた私ですが
留まることなく流れ続ける時の流れの中では 
この光景は この世の自然 の摂理であり
今から新たに誕生する 新しい姿 なんだ!
と思えるようになりました。

そして、 昔 何かで読んだ言葉が思い出されます。
  「生まれ替わり 死に替わり 今、自分の番を生きている。
    それが私の命です。 それが あなたの命です。」

そうですね。 人間も 自然の一部ですから
この世に生まれてきて 自分の番を生き
いつか自分の番と役目を終えたら 死んで 自然に還るのです。



●国宝 五重塔の前から
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奥に見えるのは 国宝 金堂


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五重塔は
何事もなかったように 堂々と そこに在ります

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仏像や五重塔のように 長い時を経て存在し
時代を越えて変わらない姿を 今に留め続けているもの、と

1つの台風直撃によって
短期間に 森が まるごと消滅 したような光景と
華やかだった花姿 を 来年はもう見られない桜の大木

両極のような この2種類のものを
醍醐寺で同時に 目にすると
思考が追いつけず、頭の中が ・・・ 混乱 します。


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春には 人で埋めつくされる境内の桜並木は
子供たちの通学路
こんな 何気ないふだんの醍醐寺の姿 が とても好きです









この記事へのコメント

2018年10月16日 08:08
水晶の宝篭に入った阿弥陀様
800年前の変わらぬ輝くお姿
水晶内を小宇宙と表現したくなる阿弥陀様ですね

醍醐寺の台風の被害は想像をはるかに超えるものですね
ごく一部かと思いますが伽藍の建物が無事だったのは仏様のご加護でしょうか
2018年10月16日 21:31
金色に輝く仏像の美しさはもちろん
ですが 台座から上に20cmほどの
蓮の茎が伸び、その上に小さな仏像が
収められた水晶のつぼみがある、と
いう全体像に大変興味を持ちました。
時代を越えて人知れぬ秘仏であった
のか? 個人所有の念持仏であった
のか? 本当に小さな仏様ですが
想像をかきたてられるロマンに
満ちていると思いました。
いずれにしても長い時間を経て
今、お会いできたという偶然は
奇跡のような巡り合わせに
ほかならない、と感じました。

台風がもたらしたあの光景を
目にすると「諸行無常」
この世の全ては 生滅の繰り返し
だと実感せずにはいられません。