七宝記念館→トルコ至宝展→明智光秀の首塚

4月頃から 自律神経失調 や 慢性腰痛 などで
ずっと体調不良が続 いていますが
自分が行きたい場所や見たいもの、が 近場に
あちこちあるので それを楽 しみに行っています。

6月21日  最高気温 33℃ 暑い~
地下鉄東山の駅から 白川沿いを北と 南へ
それぞれ 歩いて数分の 「省エネ範囲 」 3か所 で
見たいもの、行きたい場所 を楽 しみました。

京都国立近代美術館で開催中の 「トルコ至宝展」 が
目的で出かけたのですが 白川沿いの途中にある
「並河靖之 七宝記念館」 に 先に立ち寄りました。
この時間なら 人も少ないうちに あの庭を楽 しめる、と思って。

並河靖之 七宝記念館
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明治 ・大正期に活躍 した七宝家 並河靖之の
住居 兼 工房であった建物 と工房の一部 、庭
そして 繊細で優美な 超絶技巧の 「七宝」 ( しっぽう )
作品を見ることができます。
作家が実際に住まいし 制作 していた その場所で
作品を観賞できるというのは 素晴らしい! と思います。

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琵琶湖疎水から水を引き込んだ庭と建物
池の中の島に見立てた石の上に 家屋の柱が立っています
こんな建て方ができるのですね ~


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水と緑 が 涼 しげな 美 しい庭は
隣に住んでいた 作庭家 七代目 小川治兵衛 が 手がけたもの

  ※庭園以外は 撮影不可



「トルコ至宝展 」  京都国立近代美術館

20世紀初頭まで 数百年にわたり 繁栄を極めた
オスマン帝国の栄華を今に伝える宮廷文化の至宝 約 170点
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金 、銀 、ダイヤモンド、ルビー、エメラルド、トルコ石 、真珠 、
翡翠 (ヒスイ) などの宝石がちりばめられた 緻密な宝飾品には
先に訪れて見てきた 「七宝」 も使われているのを見て 驚きました。
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          七宝製 バラ水入れ

工芸品 、タイル、王族の衣服 、食器 、織物 、剣 などなど
自分のまったく知らない世界 、異文化に触れ
新鮮な刺激を受けました。

七宝記念館で 日本の超絶技巧の工芸品 「七宝」 を
そして 美術館では 異国 トルコの素晴らしい至宝の品々を
たて続けに 楽しむことができました



美術館を出て また白川沿いを戻り あの場所 へ 向かいます
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明智光秀首塚 (明智明神)
狭い小道を入った一角に 小さなお堂があり
大切 に守られてきたことが 伝わってきます

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五輪塔墓の足元には
明智家の家紋である 桔梗 (キキョウ) の花 が咲いていました
この五輪塔墓 こそが この塚の「本体」 であるとか・・・

 本能寺の変 で 信長を討った後
 山崎の戦いで 秀吉に敗れた光秀は 近江の坂本城へ敗走途中
 小栗栖の竹やぶ (京都市伏見区) で襲われ
1582年6月13日に 最期を遂げた。
 公家 吉田兼見の日記 「兼見卿記」 によると
 6月16日 光秀の遺骸は 本能寺の焼け跡 と粟田口で晒され
 6月23日に 「粟田口の東路次の北」に 首塚が築かれて
 埋葬された 、という。 それが この首塚と言われている。

訪ねた日は 6月21日
ちょうど この日くらい だったんだなあ ・・・ と 当時を偲びながら
お堂に手を合わせていると ・・・
どこからか 黒いアゲハ蝶 が ひらひらと飛んできて
しばらく 祠のまわりを 誘うように 飛び回りました。
以前 光秀の終焉の地 小栗栖の竹やぶの中に たたずんだ時 も
同じように 藪の中から 黒アゲハが現れたので
偶然とは思えない 不思議なものを感 じました。


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お堂の横に 江戸時代から 何代も このお堂を守ってきたという
和菓子屋さんがあり 、ここに来た時は
いつも 「光秀饅頭」 を買います。

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明智光秀の首塚や墓 とされるものは 複数あるようですが
それぞれの 所縁の地で 光秀を慕 い 供養塔を建立した人々がいた
と いうことなのでしょう。
来年は 大河ドラマの影響で
白川沿いの この首塚 を訪れる人も きっと増えることと思います。



 ※ 並河七宝記念館 ・ 京都国立近代美術館 は
   障害者手帳の提示で 入館が 無料 となります






この記事へのコメント

2019年06月23日 21:07
黒アゲハ、僕も何か感じます
僕の場合は過去、困った時、悩んだ時に導いてくれています
光秀公ゆかりの小栗栖、首塚で出会った黒アゲハ
何かのご縁かとおもいます

餅虎さんの饅頭も美味しいので、きっと大河で大賑わいになると思います
2019年06月24日 01:40
せきあさん
三河観音巡りの山中で道に迷いそうに
なった時にアゲハ蝶に導かれた記事
ですね。 本当に不思議です。
アゲハには人間には見えない何かが
見えていて メッセージを
伝えに来てくれているような気が
します。実際 近くを飛び回りながら
何か言葉を発しているようにさえ
見えますよね。
言葉でうまく表現できませんが
アゲハを通して光秀さんと気が通じている
ような ほのぼのと嬉しいような気持ちに
なりました。
ひっそりと咲いている桔梗も風情があり
光秀を偲ばせてくれました。
光秀饅頭 来年は売れて売れて
製造が大変になるかもしれませんね。


まあさん
2019年09月21日 09:28
カワセミさん

宮城のまあさんです。ご無沙汰しております。

しばらくブログの更新がありませんが
お変わりございませんか。

こちら東北ではすっかり涼しくなり
朝夕は肌寒いほどです。
今週末の台風も被害がないようでしたら良いのですが。

しばらく前から気がかりでしたので
コメント差し上げました。
お変わりないようでしたら幸いです。

まあさん
Kiyo
2019年11月21日 16:27
カワセミさん お元気ですか?
心配しています
2020年10月30日 11:01
カワセミさん、お久しぶりです。
そのようなご事情だったのですね。安心しました。

ところで、一昨日NHKで10:15から放送された
えぇトコ「秘密の古都 せせらぎ散歩~京都 疏水(そすい)周辺~」

で、光秀饅頭のお店と明智光秀の首塚が番組の中で紹介されました。
カワセミさんのこの記事のことは覚えていたので、興味深かったです。
知恩院に近いのですね。数年前に知恩院を参拝した時に、かすったようです・・・
カワセミ
2020年10月31日 03:01
豆パパさん   ご無沙汰しております。
お気遣いいただき ありがとうございます。
いろいろな状況が重なって ちょっと疲れ気味で 休止中のままです。
書きたいテーマは いろいろあるのですが・・・

光秀の首塚と 和菓子屋 「餅寅」さんは 知恩院からも近いですね。京都市営地下鉄 東山の駅から すぐ近くにあり 何度もお参りしています。 その時 いつも 光秀饅頭を買います。
今年は 大河ドラマの影響で 訪れる人は増えているでしょうね。
私の地元にある 光秀最期の地 とされる「明智藪」は 今年
鬱蒼としていた竹藪が切り開かれて 観光用に整備されてしまいました。 こういう場所は 昔の姿のままで残してほしかったなあ・・・ そこから 2kmほど北にある「胴塚」は
ひっそりとめだたない場所にあります。